写真は次のウェブサイトに掲載されているものです。
http://www.ro4adish.com/minor/soup1.html
トーマス・L・フリードマンがニューヨーク・タイムズ紙に連載しているコラム記事は、時折、頭をほぐし、思考力を養うのに役立つように思います。同紙の12月18日のSunday Review欄に掲載されたコラム記事、"Help Wanted"は、足元の世界の状況についてかなり的確に記述した優れた記事だと思います。記事のURLは下記の通りです。
http://www.nytimes.com/2011/12/18/opinion/sunday/friedman-help-wanted.html?_r=1&ref=thomaslfriedman
フリードマンは、彼のコラム記事を、アメリカの歴史家、ウォルター・ラッセル・ミードの最近の指摘から始めています。ミードは、ソ連崩壊後の1990年代にロシアでよく使われたある表現が現在の世界の状況をよく表していると指摘しています。
当時、ロシアでよく使われ、現在の世界の状況を的確に表現するロシアの表現とは、「水族館を魚スープにするほうが、魚スープを水族館に戻すより簡単だ」というものです。このフレーズは、混沌の中の世界を安定的な社会やコミュニティに戻すのは大変難しいということを言っているのでしょうか。
ロシアの場合には、ソ連崩壊という事象が先に発生していたのですが、現在の世界の状況をみると、何の前触れもなく、水族館(社会やコミュニティ)がいきなり魚スープ状態(混沌の中の世界)に陥っているようにも思われますので、現在の魚スープ状態をちゃんとした社会や社会のシステムに戻すのは至難の業だということなのかも知れません。
こうした混沌の中の世界は、フリードマンに言わせれば、グローバル化とIT(情報通信)技術の融合によりもたらされたということになるのではないかと思います。私たちが、これまで、情報の民主化やイノベーションの民主化などのプロセスを通してみたり、経験したりしてきたことは、とりもなおさず、この世界は、誰かが一方的にしゃべり続け、他方はだた聞いているだけの存在から、誰もが情報やシグナルを発信できる存在にシフトしたということです。
フリードマンは、法務サービス会社、LRNのCEOであるサイドマン氏の言説を引用しながら、次のように記述を続けます。つまり、主導的国家や主導的企業などが支配する「一方的なコミュニケーションの時代は終わった」ということ、そして、古い形の「命令」と「管理」が支配する社会は、「結合」と「協働」というキーワードで言い表される社会によって置き換えられたということです。この意味では、パワーというか権力は、特定の国家や社会もしくは企業などから「個人」へとシフトしたということになるのです。したがって、リーダーシップという存在そのものも特定の国家や社会もしくは企業などから「個人」の手に移ったということになるのかも知れません。
こうした新しい世界では、国や社会、そして企業などを構成する個々人が発するシグナルなどをリーダーたちが的確に受け取り、彼らのビジョンなどとの関連付けをよく考えた、双方向の対話を行うことが欠かせないとフリードマンは述べています。
ニューヨーク・タイムズ紙の記事の最終パラグラフで、フリードマンは、混迷の中の世界を安定的な社会やコミュニティに戻すことは大変困難な仕事であり、勇気あるリーダーの存在が欠かせないと言います。
最後に、私自身のコメントを簡単に書くとすれば次のようになります。
多分、それぞれの国家や社会、そして企業には優秀なリーダーが欠かせないと思いますが、同時に、グローバル化とIT技術のもとでは、「集合的なリーダーシップ」ということについても思いを馳せる必要があるのではないかということです。そもそも「リーダー」という言葉は「フォロワー」という言葉を前提にするものですが、現在のウェブ社会では「リーダー」と「フォロワー」の境目が曖昧になりつつあると思います。それぞれの個人が「リーダー」であり、また「フォロワー」でもあるということを視野に入れた議論が大切になっているのだと考えています。特に、アジアやアフリカの新興諸国や地域においては、ウェブを基底にした「集合的なリーダーシップ」の変革能力がこれからますます重要になるのではないかと思います。
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